私の生い立ち(5)死期を悟った父親の言葉とは?

おはようございます。妻のアンです(*^-^*)

父親の主治医から「膵臓に無数の腫瘍がある」と聞かされたのが、昨年の5月でした。

治る見込みはありません。いよいよ死期が迫ってきました。

夫からは「後悔しないようにお父さんとの時間を大切にね」と言われていました。

その言葉通り、毎日、グループホームへ会いに行きました。

「二人だけの特別な時間」です(^^)

好物のチョコレートを小さく刻んで持って行くと、

「うまいっちゃ~!うまいっちゃ~!」と言って食べるんです(笑)

幸せそうな表情でしたね。

そんなある日、突然、父親が初めてK子さん」の話をし始めました。

K子さんというのは「私の生母」のことです。

ビックリしました!!

それから、堰を切ったように次々とK子さんのエピソードを披露!

★「K子はね、いつも明るい人だった」

そうだったの? 明るいのはいいよね!

私、そのDNAを受け継いでるかな~(笑)

★「山登りの好きな活発な人で、お父さんとの出会いも山だったんだよ」

えーー!そうなの?そうなの?(笑)

今でいう「山ガール」だったんだね。

★「歌も上手だったな~」

歌が上手?

よっしゃー! じゃあ、私も1曲歌うね!と渾身の歌を披露!?(笑)

すると、父親からは

「うぅぅん・・・K子の方が上手かったわ」とアッサリ言われてしまいました(笑)

ガックリの娘です(笑)

★「そうだ!字もきれいだった!」

確かにね!

私、負けたわ~!(笑)

昔、中学生くらいの時に、一度、本の裏表紙に書いた生母の俳句を見たことがあるけれど、

そりゃあ、きれいな字だったもの。

DNA、残念ながら娘の私に引き継がれなかったよ(笑)

★「姉御肌のようなところがあり、面倒見が良かったな~」

これはどうかな~?私は姉御肌ではないし・・・

面倒見?

うん!それは、いいと思うよ!!(笑)

DNA、受け継いだね!(笑)

良かった~!(笑)

★「K子のこと、本当に好きだったな~」

私は、聞いていてちょっぴり恥ずかしくなったのですが、

父親は、天井を見つめながら、遠く過ぎ去った恋愛時代💕を振り返っているようでした。

この日、思いもかけず、

初めて生母の事を話してくれた父親。

本当にありがとう!!

いつもは私に「ひとりで行っておいで」と言っていた夫ですが、

ある日、同行してもらいました。

(まともに話が出来るのも時間の問題。いつ病院へ移されるかという状況でしたので)

グループホームの自室のベッドに横たわる父親は、夫を前にして、

○○君、世話になったな~。本当に感謝してるよ」

○○君(孫の名前)、そして○○(私の名前)、感謝してるよ」と言いました。

もう死期が近いことを悟っていたのでしょうね。

夫には、今までずいぶんと迷惑をかけていましたから、

ちゃんとお礼を言ってくれて本当に嬉しかった!

お父さん、ありがとね!!

数日後、また、私ひとりでグループホームへと向かいました。

私の持参したジュースを飲みほし、満足気な父親。

すると、突然、切り出しました。

K子さんには、本当に感謝してるよ。お前のような娘を残してくれた・・・」

この言葉を思い出すと、今でも涙が止まらなくなります。

このひと言で、私は、すべてが報われました。

望みもしなかった母親(継母)との生活で、いろいろなコトがあったけれど

すべては過去の事!

お父さんに、最後まで継母に酷い扱いをされていたことを内緒にしていたけど、

これも時効成立だよ!(笑)

そして、お父さん・・・

お父さんも知っての通り、私は「最高の伴侶」に恵まれました(^^)/

結婚する時、夫は私に、

「継母の事を最大の反面教師だと思えばいいんだよ」と言ってくれたんです。

そうですね。継母からは一杯勉強させてもらいました(^^)/

だから、お父さん、私の方こそ、ありがとうございます!!

感謝しています!!

これから2週間後、西の空がうっすら茜色に染まった夏の日の夕方、

夫と私に見守られ、父は静かに旅立ちました・・・☆

2012年、父親がグループホームへ入所して以来、面会に行き自宅へ戻ってくると、

私はその日、父親と話したことをノートに全部したためていました。

最期になった入院の時も、ベッドのかたわらで父親の様子を手帳に綴っていました。

亡くなって一年経ちましたが、ノートも手帳も引き出しにしまったまま・・・

無理に読み返すこともないのですが、いつか「お父さん、こんなこと言ってたんだね~」と

笑って読める日が来るといいな~と思っています(^^)/

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おわり・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

私の生い立ちを5話まで、つらつらと書き綴ってしまいました(^_^;)

暗い内容でしたが、読んで下さった方、そして、あたたかいコメントを寄せて下さった方、

本当にありがとうございました。

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コメント

  1. ジェリー より:

    (1)から(5)ぜんぶ読みました。
    幼少期のアンさんの悲しみを思うと..
    なんにも言えません。

    耐えて生き抜いて幸せな人生を歩む
    娘の姿をお父様はきっとどこからか
    ニコニコ見守ってるでしょう。

    これからも更にも~っと幸せになって
    お父様を喜ばせて上げましょうね!
      

    • ともに白髪の生えるまで より:

      ジェリーさん、コメントありがとうございます。マシュウです。
      アンへの励ましの言葉ありがとうございます(^^)
      突然のカミングアウトのように思えるかもしれませんが、
      いつかは気持ちの整理をしようと考えていたようです。
      昨今の子供の虐待の報道に接するたびに同じ境遇に心を痛めていました。
      子供が健やかに育つには愛情を注ぐ人の存在が欠かせません。
      虐待で苦しむ子供のそばにも支えになる人が居ればいいのですが・・・
      アンの場合、祖母の存在が大きかったようですね(^^)/

      ジェリーさん、こんにちは。アンです(*^-^*)
      全部読んでくださり本当にありがとうございます!
      時々「よくぞ生きていたな~」と思うことがあります。
      継母はヒステリーを起こすとどこまでもエスカレートする人でしたから
      命を落とすかもしれないという出来事がたくさんありました。
      しかし、手足も折れずに今に至っております(^^)/
      そうそう、私はお魚が大好きで骨も食べちゃう子供でしたから
      カルシウムが豊富に体内にあったのでしょうか?(笑)
      うん!そうですね!きっと!(笑)
      毎朝、父の遺影に手を合わせて、今日一日の無事を祈っています。
      そして何より、私が元気で家族みんな仲良く暮らすこと・・・
      これが一番の供養でしょうし、一番の親孝行だと思っています(^^)
      優しいジェリーさん、コメントありがとうございました(^^)