夫のマシュウです。
このところ、朝目覚めると、寝室のカーテン越しに外が明るく感じるようになりました。
それもそのはず!
妻のチョイスで、あえて寝室だけは「遮光性のない」普通のカーテンにしていました。
遮光性のカーテンだと暗くて「朝のひかり」を感じることが出来ず、
「体内時計」が狂ってしまうから・・・というのが理由らしいです。
おもむろに・・・
リビングに行くと、これまでは、外は暗いのでしばらくの間はカーテンを開けず、
リビングの照明の明るさのもとで朝刊に目を通す毎日でした。
しかし、ここ数日前から「あさぼらけ」というより、
「あけぼの」という表現がふさわしいのでしょうか。
そんな早朝・・・街はまだ静寂の中、一日の準備をしているようにも感じられます。
街が眠りから覚めた・・・こんな一日の始まりの時間が好きです(^^)/
しかし・・・
日の明るさの感じられない、暗い時は気持ちが不安になるもの。
「灯り」を照らすという知恵のなかった時代、
古代人が夜明けと共に行動を開始し、日没と共に寝るという習慣があったのが理解できます。
「闇の怖さ」を知っているからでしょう。
私たち夫婦もそんな経験をしました。
就寝中の午前3時過ぎに突然、大きな揺れを感じ、はね起きました💦
揺れが収まって、妻と落下したモノがないかを確認しながら1階へ下りました。
妻が割れた花瓶などを片付けている一方、
私はテレビの速報を見ようとスイッチを入れます。
アナウンサーの地震発生を伝える放送を見ていると、突然部屋の中が真っ暗!!!
妻「あっ!停電だ!」💦
北海道のほとんどが大停電「ブラックアウト」に陥ってしまいました💦
街灯もすべて消え、外は真っ暗!
懐中電灯を探し、辛うじて心細いながらも妻の顔を確認できる明るさに安堵したものです。
この電池が切れたらどうしよう?
「暗闇の恐怖と不安」を感じて、早く日が上らないかと、日の出を待ち焦がれ、
時間が遅々として進まないことを、どんなにもどかしく思ったことか・・・
つくづく「灯りのありがたさ」を感じたものです(^_^;)
今回、そんなことを思い起こさせる「大変な出来事」が起こってしまいました💦
21世紀になって大国では起こるはずがないと思っていた「ウクライナ戦争」が勃発!💦
平和が突如として奪われ、着の身、着のままで避難を余儀なくされた人々。
その「終結」も見通せない不安のなか・・・
身をひそめるシェルターから、ウクライナに長年暮らす日本人男性が
真っ暗闇の中、テレビのインタビューに応えていました。
灯りのない真っ暗闇というのは、不安を一層かきたてます。
胸が痛む思いで、ただ見守るしかないジレンマを感じざるを得ません。
どうか一日も早く、明るくあたたかい日を浴びることができますように・・・