故人を供養する気持ち

夫のマシュウです。

この夏、私の母親を”小さなお葬式”の最も簡素な形式で送りました。

火葬の日

ロビーで待っていると、立派な黒塗りのリムジンの霊柩車で運ばれて来た棺は

今まで見たこともない素晴らしい彫刻を施していました。

かたや、わが母親はきわめてシンプルな棺。

見送りは我らだけですが、多くの方に参列していただければよかったんだろうか?

しかし、亡くなった母親に会いに来る前に、

本当は元気な時に顔を見せてほしかったと思うのです。

父親の葬儀

隣町の大きなセレモニーホールではなく、暮らしていた田舎町で執り行えば、

もっと香典が集まったのに・・・という声があったことも漏れ聞いています。

父親を神道式で送り、それは仏式だとお金がかかるからという

母親の願いでもありました。

それでも、次から次へと葬儀社に勧められるままに追加費用も膨らんでいき

そこには葬儀社の営業努力?の結果だけでなく、

戒名にお金をかけるほど得度が上がるといわれ、高額なお金を注ぎ込んで、

それで故人を大事にしていると思っている・・・

そんな送る側の気持ちの持ち方にも我らにとっては疑問に思えます。

予算以上のお金がかかった・・・と世間では問題になっているように、

葬儀社に対する不満もあるのは確かです。

7年前の父親の時の失敗を繰り返したくない思いで

結果として、今回、簡素な葬儀になったまでのこと。

このような簡素な弔い方

少なからず批判があることはわかりますが

逆に、葬儀にお金を掛ければ故人の霊が救われるのか?といえば、

そんなことはあるはずないのです。

しかも、かけたお金が大きいほど故人を弔う気持ちがこもってるなど

正比例の関係にあるなどとも聞いたことがありません。

簡素な葬儀でしたが母親を決して粗末に扱っているわけではなく

お金を掛けなくても、人一倍弔う気持ち、感謝の気持ちを持っているつもりです。

お墓などの問題

遺された者、みんなが抱えて苦慮している問題です。

最近は、仏壇やお墓のサブスクサービスまで登場していると聞きます。

親にとって仏壇やお墓が将来子供の負担になることを避けたいからということらしいですね。

つまりは

親の葬儀とか死後の問題の解決策にはいろんな考えがあっていいことで

他人が口をはさんで言う問題ではないのです。

故人を悼む気持ちの問題だと思います。

仏教の49日、1周忌法要というのも古くからの慣習であって、

無宗教の我が家ではそういうしきたりに縛られずに、

「心の中に記憶として刻むことで供養しているのだ」と思っています。

生前の両親

毎朝、神棚を拝むことで、先祖に感謝し、家族みんなの無事を祈っていました。

我らもそれに倣って亡くなった親や親族たちを偲んで手を合わせ

見守ってくれることを祈願しています☆

 

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コメント

  1. 山ちゃん より:

    いつも楽しく拝読しています。今日の内容は自分の事と思い読みました。今日のマシュウ兄さんは、いつもと違って冷静な文体で、たぶん怒っている?感じですね。親戚の方から余計な事を言われた?のかと思いました。だれかが「葬式は亡くなった人のためではなく残された人のためにやる」と言っていました。解釈はいろいろですが、マシュウ兄さんさんとアン姉さんの考えでされたことは正しいと思います。私もお二人のように母の時にはしたいですが、田舎で親戚が多いと親戚や近所の人に何か言われることは覚悟しています。移住されたらなおさらだと思います。今に世の中簡素化されるはずです。それよりもお祈りされる方がずっと故人が喜んでいると思いますよ。墓も必要ないと思っています。
    PS:アン姉さんはお元気ですか?たまにコメントくださいね!

    • ともに白髪の生えるまで より:

      山ちゃんさん、コメントありがとうございます。マシュウです。
      父親を送った時は親戚縁者が周りにいたので気にしながら執り行いましたが、
      母親を送った時は私たち夫婦の考えで送ることにしました。
      私たちも葬儀で見栄を張ることより、
      末永く記憶にとどめ供養の気持ちを忘れないことだと思いましたので・・・
      山ちゃんさん、こんにちは。アンです(*^^*)
      私は幼い頃に父親が離婚して実の母親とは生き別れ、
      その後、継母がやってきましたが、私はなつくことが出来なく、
      父親のいないところでいつも虐待を受けていました(あざだらけ)
      ですがそのことを父親には決して言わない子供でもありました。
      なんという理不尽な人生だろうと子供心に神様を恨みました。
      ですが、人生っていいこともあるんです!
      主人との結婚はまさに人生のターニングポイントでした。
      いい人に巡り合えました!
      義母は男勝りで気の強い人でしたがその優しさは決して忘れることなく
      今も私の心の中に生きています。
      母親ってこういうものなんだ・・・ということを教わりました。
      今も思い出すだけで泣けてきます。
      本当に簡素なお葬式でしたが義母は喜んでいると確信しています。
      私たち、しょっちゅう、本当の親子に間違えられて、
      え?お嫁さんなの?とよく言われました。
      いつもお互いにギャグを飛ばして笑っていました。
      「地獄の3丁目で待ってるね~」とブラックジョークを飛ばしていた義母の顔を思い出します。
      本当に幸せな嫁でした。
      この頃、義母の死からようやく立ち直った私です。
      山ちゃんさん、移住大作戦、応援してますよ~!ファイト~!!!(^_-)-☆

  2. 木村哲基 より:

    たしかに葬儀はお金がかかります、むかしは村の助け合いで人を送ったのです、ひとは一人では生きられません、みんな自分の力でいきているものと勘違いされています、まず両親のおかげ、近所のおかげ、友だちのおかげ、会社のおかげ、といくつものおかげでいかされています、そういった人とのきずなが無ければ、死を迎えることができないと思います、香典はたすけいの明かしです、生まれることもお祝いをもらうことでいきられるのです、別れるときも香典をもらうことで、生きて生けるものです。

    • ともに白髪の生えるまで より:

      木村哲基さん、初めまして。コメントありがとうございます。マシュウです。
      お言葉を真摯に受け止めたいと思います。
      ありがとうございました。