悲しい事件に心が痛みます@さっぽろ

夫のマシュウです。

先日、札幌市内で「2歳の女児」が両親の育児放棄(ネグレクト)などの虐待がもとで

死亡したという報道がありました。

もう、はるか昔の思い出になってしまいましたが、

自分たちの子育て時代に思いを馳せると、本当に胸が張り裂ける想いです。

子育てに奮闘

生まれた当初の赤ん坊は、お腹がいっぱいになると寝付くのですが、

寝入る時間は不規則なため、私たちは子供が寝ると同時に「さあ!今のうちだよ!寝よう!」としていたことを覚えています。

慢性的な寝不足に悩みましたが、ほんの一時期の「今」が一番大変な時だから、

「今」を頑張れば、赤ん坊が大きくなるにつれ楽になるからと、

自らに言い聞かせ子育てに奮闘!

風邪をひき40℃超えの高熱を出し、大慌てで救急病院に駆け込んだり、

座薬を入れるのに苦労したりと、初めての育児は、まさに右往左往!

幸い、親切なご近所の方々に助けられ、新米パパ&ママは何とかやってこれました。

成長の喜び

今回の事件で亡くなった女の子は2歳です。かわいい盛りです!

2歳といえば、おぼつかない足取りで、それでも自分の意思で歩くのが楽しいのか、

絶妙な?バランスを取りながら、新しい世界を踏みしめます。

オムツをして、膨らんだお尻は、まるでドナルドダックのよう!

本当にいとおしいものですよね。

我が子のことを思い返してみると、ようやく少し、会話を覚え?

妻が「〇〇 〇〇くーん」と子供の名前を呼びかけると

「はあーい!」と片手をあげるしぐさをして呼びかけに答えるのです。

妻は、その受け答えが、可愛くて、また繰り返します。

「〇〇 〇〇くーん」、「はあーい!」

もう一度、

「〇〇 〇〇くーん」、「・・・(沈黙)」

三回目になると、さすがに子供も飽きちゃったのでしょうか?

それとも親の遊びに付き合いきれないとでも思ったのでしょうか?

無視されました(笑)

言葉も片言ですから、意思が伝わらないと、顔を真っ赤にして怒るんです。

私たちは意味が分からず、とまどうこともありました。

悪い言葉から覚え始めるのもこの頃からでしたね(笑)

痛ましい事件

そのようなしぐさを見ながらの子育てでしたので、事件で報じられるような虐待の苦痛を強いることなんて考えられないことでした。

どれだけ泣き叫んで助けを求めたことか・・・

想像するだけで胸が痛みます。

次々と明るみに出る虐待の数々・・・

アイロンを足の裏に押し付けていたなんて・・・

ろくに食事も与えず体重が標準の半分、6kgほどしかなかったなんて・・・

アザだらけの小さな体・・・

どんなに痛かったことでしょう・・・

低栄養による衰弱死だということですが

辛すぎます・・・

どうにかならなかったのか?

子供の泣き声を聞いた近所の方が、いたたまれず、児童相談所や警察に通報していた

ということも報じられていました。

複数の情報提供があったということですが、それでも「命」を救えなかったのはなぜなのか?

今回の場合も、児童相談所の対応が問われていますが、

いくら、児童相談所に強制立ち入り権限があるといっても、

児童相談所だけでは限界があるのでしょう。

虐待する側が、素直に虐待していることを認めるわけがありません。

警察にも通報があって訪問したようですが、虐待を見抜けなかったようです。

もし、今回のように児童相談所と警察がバラバラに動くのではなく、

児童相談所の持っている情報と、強制力の強い警察とが「共同対応」をするなど

連携ができていれば、救うことができた可能性もあったのではないかと、

じくじたる思いを感じてしまいます。

ご近所が「おせっかい」でも、声を掛けるなど関わっていくことも大切かもしれませんね。

家庭訪問時、どうして差し迫った命の危険があると想像できなかったのか、悔やまれます。

繰り返される幼児虐待の報道に接するたびに関係者の言い訳ばかりが聞こえてきます。

どんなに反省しても「尊い子供の命」は還りません・・・

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