夫のマシュウです。
もう8年も前のこと・・・両親が北海道の田舎で暮らしていたある日、
母親の突然の病がきっかけで二人ともに入院。
退院後は、地元の特別養護老人ホーム(特養)のお世話になっていました。
母親
元気な頃から「家で生活できなくなったら町内の老人ホームに入れてもらうんだ」と
口癖のように言ってました。
田舎町にあったのは特養で理由は安く入れるからというものです。
妻はそれを聞き「そう簡単には入れないみたいだよ~」と
あんまり当てにしてはいけないことを忠告していたのです。
その頃は「要介護3」以上が入居基準。
入居待ちの方もたくさんいたようです。
母親も覚悟を決めての入居だったはずですが老人ホームで暮らすということは、
自由気ままに暮らしていたのを諦めなければならないことでもあるようです。
個室での暮らし
プライバシーが保たれるのはいいけど、他の人との交流や会話が少なくなり、
せいぜいテレビを見ることや本を読むくらいしかできません。
(言葉が過ぎるとお叱りを受けるかもしれませんが)まさに「収容所」
こういう不自由さは?
私の両親に先駆けて、
妻の父親を札幌のわが家の近くのグループホームに預けて知ったことでした。
良かれと思って預けたつもりでしたが、義父は若い頃から山歩きが好きだったので、
施設に入所しても歩きたいという願望があったんですが、それもままなりません。
職員さんにとっても、部屋でおとなしくしているほうが管理もし易いですから、
そんなストレスからでしょうかね。
何度も「家に帰りたい!」「帰らせてくれ!」と言っては、職員さんを煩わせ、
妻は何度も泣きました。
施設のお世話になることはイコール不自由を受け入れるということでもあるのです。
周りからは何の不自由もないパラダイスで、
家族にとっても預けて安心の施設だと思っていたのですが、
おとなしい生活を強いられる?義父の姿を見ていると、複雑な思いに駆られてしまいました。
そんな施設暮らしを見届けた末に、親たちを送った我ら。
今度は自分たちの番
新聞の広告面には素晴らしい環境や充実の食事をうたい文句に、
新しい老人ホームのPRが大々的に載っています。
将来はこういう老人ホームに入ろうか?
妻に振り向けると、
老人ホームで暮らしていた人のブログを読んでいたようで、
いくら施設が立派でも、そこでの人間関係に悩んでいることや、やることがないことの退屈さを訴えることが綴られていたといいます。
さて、自分たちの終の棲家をどこにするか?
老人施設での暮らしを選択すると、今からどういう暮らしになるのか
よくよく考えて備えておかなければいけない?
趣味も職員さんや他の入居者さんに迷惑を掛けないものを?
他の人とのコミュニケーションがなくても暮らせる?
いろいろ考えなければいけないと思うこの頃。
妻「老人ホームに入らないで、病気になって自宅からからまっすぐ病院に入院。
そのままコロリーンと最期を迎えたいな」
だけど、そんな都合の良いことはないよね!?
あぁ、果たしてどんな運命が待っているのだろう。

コメント
お久しぶりです
施設入居にあたり将来の自分と重ねてしまうお気持ち良くわかります
収容所と大きな声では言えない表現をされてましたが‥
老人施設は職員にとって都合よく業務が回るようにシステムされています
私は昨年からグループホームで短時間のパートをしていますが、入居してくる方は家族の意向で来ているので勿論納得出来ないまま施設での日常が始まります
でも自宅で生活出来なくなったらやはり施設を利用する他は手段がないのが現実ですよね
義父も実母も施設に入居しました(させました)
親の介護を優先すると自分たちの生活が成り立たないのも事実ですから入居する方もさせる方も辛い決断ですね
シニアさん、お久しぶりです。コメントありがとうございます。マシュウです。
シニアさんのおっしゃる通りですね。
理想的には家で親の最期を看取ることができればいいのでしょうけど、
現実にはできないジレンマを抱えて施設に行ってもらってるんです。
現代の姥捨て山かな?
イヤそうじゃない、と自分に言い聞かせてるんですが・・・
シニアさん、こんばんは。アンです(*^^*)
コメントありがとうございます。
お元気な様子、何よりです。
父はグループホームで7年お世話になりました。
入所の際、時間を掛けて説得して父も納得?したと思っていましたが
いえいえ、そうじゃありませんでした。
きれいなお部屋にトイレも洗面台もあり、冷暖房完備、
熱々のまま提供される食事。
娘の私は満足してくれるとタカをくくっていたようです。
何度も何度も帰りたいと反乱を起こし
当時の私は疲労困憊。
主人の助けがなかったらどうなっていたやら。
実父や義父母を見てきてつくづく施設には入りたくないと思う自分です。