「今」になって両親の気持ちがわかります

夫のマシュウです。

私たち夫婦が、住み慣れた札幌を離れ、土地勘のない関東の当地に移住した理由は

今まで何度もブログ内で触れていますが

我らが近い将来、健康を損ない、子供の世話にならなければいけない事態が発生した時、

遠くで暮らす子供に、仕事をほっぽって

札幌まで駆け付けてもらうには忍びないということからでした。

世間では介護離職も問題になっていますよね。

ならば、

歳をとって身動きできなくなる前に子供の近くで暮らしたほうがイイ?という思いで決行!

そのおかげといってはなんですが、

生まれたばかりの孫っ娘の成長を、間近で見守ってこられました。

こればかりは、近くにいないと叶わない喜びです。

息子家族がお泊り会に来たときなど、近頃は奔放に動き回る孫っ娘の相手をしながら、

忙しい!身体が痛い!などと言いながらもその成長に目を細める私と妻です。

そんな時、ふと、

今は亡き両親のことを思い出してしまいます。

40数年前、子供が誕生して、長期休暇を利用して

道東の田舎の私の実家に孫の成長を見せに行ったものでした。

われらの、というより孫っ子の里帰りを待っていたかのように、

おもちゃやお菓子などをたくさん用意して待っててくれたことを思い出します。

父親は、

孫が小さくてまだこげないのに、ペダル式の自動車の乗り物を買っておいたらしく

(母には内緒。当時はかなり高価だったのでバレて大目玉くらったらしい)(笑)

それに孫を乗せて、ひも?縄?で引っ張って町内を歩いていたのを覚えています(笑)

母親も、孫を抱っこして飛行機のように揺らして楽しませてたことが

つい昨日のことのよう。

今のわれらと同じ心境だったのでしょうね。

その時は、わずか2泊程度でトンボ帰りしていました。

今となっては、もう少し長く一緒に居てあげたら良かったかな。

もしくは、もっと頻繁に孫の成長を見てもらいに通っても良かったか?

だけど、あまり長く居ると、迷惑をかけるしね。

とか、しょっちゅう通うのも長い道中の疲れや経済的余裕を言い訳?にしていました。

親にとっては、もっと、孫の成長ぶりを実感したかったんじゃないだろうか?

そんなことを今になって思うのです。

 

その孫が結婚して子供(ひ孫)が誕生した時、写真をたくさん送りました。

その後の成長ぶりも写真で見てもらって、喜んでくれたようですが

母親が元気なうちに会わせることが叶わなかったことを若干後悔しているところです。

その分、我らが孫っ娘に愛情を注ぐことで許してもらおうと思います(^^)/

 

 

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