母親は特養に自ら覚悟の入所だった!それで良かったのかも?

夫のマシュウです。

年の暮れも迫ってきましたが、年内に田舎の特別養護老人ホーム(特養)で暮らす

私の母親に会うこともなさそうです(^_^;)

施設から特別、何の連絡もありませんので、それを良いことに

「便りのないのは元気な証拠」と決め込んでいる息子です(^_^;)

施設暮らしは不自由?

母親の姿を思い起こすたびに

「施設暮らし」イコール

「自分の好きなことができない不自由な生活を受け入れること」ではないか

と思っていました(^_^;)

確かにいろんな束縛の中で生活する不自由さはあるでしょう。

私たちは遠くからそれをながめて仕方ない、可哀そうだとしか見てきませんでした(^_^;)

先日のブログでもそういう思いを綴りました。

でも、その後、妻と話をしているうちに

そうとばかり決めつけられないのでは?と理解し始めています。

母親はずいぶん前から「私は特養に入れてもらうんだ」と話していました(^^)/

母親の気持ち

以前、実家の隣町に住む「知り合い」が特養に母親を訪ねて来た時、

その時の母親の暮らしぶりや気持ちを妻に伝えようと電話をくれました。

先方「おかあちゃん(母親のこと)はすこぶる元気そうだったよ」

「ここは天国だって言ってた」

「なんたって、冬の雪かきしなくて済むからだって!」(笑)

雪かきからの解放

そういえば、父親も元気なころ、雪かきは二人でせっせとやっていたものです。

父親の雪かきの仕方が雑なもので、

母親がきれいに仕上げてるんだとか言ってたのを思い出しました(笑)

ですがここ数年、父親の足腰が悪くなって力仕事ができなくなってからは、

全てが母親に振りかぶっていました。

自分の身体も辛いのに、

「私なんかお腹でスコップ押すんだよ!」とよく電話で話していたのを思い出しました。

そうか!

特養に入って、その「雪かきの苦労から解放」されたってことなんだね!(笑)

食事の世話からの解放

また、こうも言ってたそうです。

母親「三度のご飯も自分で作る必要なくなって、ここは上げ膳据え膳!楽だわー!」

確かに、歳をとるごとに体の自由も利かなくなって、

台所で料理を作るのも億劫になっていました。

倒れる少し前に帰省したとき「いつまで台所に立てるかなー?」と

妻アンに不安気に話していたと言います。

だけど、特養に入って「食事の世話から解放された」ってことなんだ!

楽になったってことだね!(笑)

寒さからの解放

そしてこういうことも!

母親「ここは部屋もいつも暖かいからいいよー」

実家にいると冬場はストーブは欠かせません。

しかも家は昔の建築仕様なので断熱が不十分!すき間風が吹き込みます。

冬の吹雪のときなども、玄関に雪が吹き込むことを気に病んでいました。

ストーブの火の管理も人一倍、気を使っていましたね。

そうだよなー。歳を取ってからの「火の管理は危険」

特養に入って、そういうことで気をもむこともなくなったってことか!(笑)

不自由じゃなかった?

それらの苦労から解放されたことを良しとして、

「不自由だけど、ある意味、楽を得た」と前向きに捉えることにしようか。母さん・・・

なにが良いか悪いかは、当事者の置かれた環境によりますが、

私たちのように「傍からみた価値観」で判断してはいけないということなのでしょう。

母親にしてみれば、特養に入ることで得たものの方が大きければ、

捨てたものは、それほど未練のあることじゃないのかもしれません(^^)/

自分の選択は?

私たちが歳をとったとき、果たしてどんな選択をすることになるのか?

今の自由と、どう折り合いをつけて「環境の変化」を受け入れることになるのか?

介護施設のお世話になるということの意味を考えながら、

窓の外に降り続く雪を見ながら、

「雪に埋もれた誰もいない実家」に思いをはせています(^^)/

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