第610回札幌交響楽団定期演奏会を聴いてきました

夫のマシュウです。

6月23日(土)に札幌コンサートホールキタラで開催された

札幌交響楽団 第610回 定期演奏会を聴きに行きました。

キタラのある中島公園は、雲間から垣間見える青空のもとで、

「第22回北の都札幌ツーデーウォーク」というイベントが開催されていました。

ツーデーウォークの、のぼりを横目にキタラに向かいます

菖蒲池越しにキタラが見えます

彫刻家安田侃さんの作品「相響」の向こうにキタラのエントランスが・・・

キタラにはレストランが併設されています。

ここのステーキがとても美味しいんですよ

本題のコンサートですね。

今回のテーマは、「泰次郎×団十郎 世代を超えて響きあう」でした。

「泰次郎」とは、指揮者の飯守泰次郎さん。

「団十郎」とは、市川?・・・じゃなくて、チェリストの石坂団十郎さんです。

年の差39歳が、まさに「世代を超えて」音楽を作り上げる演奏会というわけです。

飯守泰次郎さんと言えば、2年前にも札響を指揮して、ワーグナーの「指輪」の管弦楽曲版の素晴らしい演奏を聴かせてくれました。とても温厚な指揮ぶりで印象深かった方です。

今回の演奏曲目は、1曲目がドヴォルジャーク作曲「チェロ協奏曲」。

数あるチェロ協奏曲のなかでもこのドヴォルジャークのチェロ協奏曲は誰もが認める名曲ですね。

ドヴォルジャーク作曲のチェロ協奏曲は2つあるのですが番号はついていません。

一つはイ長調の曲で、めったに演奏されることがなく、私もラジオFMのクラシック番組で

過去に1度聞いたことがあるくらいです。

今回演奏されたのは別のロ短調の協奏曲で通称「ドヴォコン」の愛称で親しまれている名曲で、交響曲第9番「新世界から」と弦楽四重奏曲「アメリカ」とともに、

ドヴォルザークが50代初めに故郷のチェコを離れニューヨークのナショナル音楽院の招きでアメリカに滞在中に作曲したものです。

他の2曲と同じく黒人霊歌などのアメリカ音楽の影響を受けつつ、故国ボヘミアへの望郷の思いや哀愁をただよわせるメロディが心にしみる曲です。

以前、テレビ番組でこの協奏曲が取り上げられ、解説の方のお話では、

第2楽章のチェロが奏でるメロディは、1895年に亡くなった、ドヴォルザークの義理の姉で、初恋の人でもあった女性への思いを込めたメロディだといわれているそうです。

また第3楽章では、哀切なメロディが、団十郎さんの情感たっぷりの演奏と相まって、聴衆の心を揺さぶります。途中で独奏チェロとコンサートマスターのヴァイオリンがメロディを紡ぎあうところがありますが、これもその女性の思い出だといわれています。

こう聞くとなお一層切ないです。

大きな拍手に応えてのアンコールは、バッハの「無伴奏チェロ組曲第3番」から

「ジーグ」でした。軽やかな弓さばきがステキでした。

石坂団十郎さんの演奏、またの機会が楽しみです。

休憩を挟んで、後半はチャイコフスキーの交響曲第6番「悲愴」です。

この曲は、チャイコフスキーの最後の交響曲で、彼は初演の9日後に謎の死を遂げたことで、

最終楽章の最後の終わり方が、静寂の中でベースの重々しい音で消え行くように終わる・・・

この消え行くような終わり方の意味はなんだろう、どんなメッセージを遺したのだろうと想像せずにはいられません。

人生とは何だろうと考えさせられる楽章です。

忘れもしません。2011年の東日本大震災のあとの、6月4日の札響ヨーロッパ公演帰国記念演奏会で尾高忠明さん指揮のもと、この「悲愴」が演奏されたのですが、

第4楽章で思わず涙してしまいました。

皆さん、拍手は遠慮してください・・・とでも言いたくなるように、シンと静まり返る会場の空気・・・とても厳粛な余韻でした。(もう少し余韻に浸っていたかったですが・・・)

今回の演奏会、2曲ともに、なにか切ない思いに浸る曲でした。

今日は、とても贅沢な時間を過ごすことができました♪

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