夫のマシュウです。
道南の田舎町にある病院で闘病生活をしている妻の叔母。
一時帰宅もわずか7日間での再入院となってからふた月が経過しました。
それでもリハビリに励み、点滴棒を頼りに歩けるほどに回復しているようで、
病院の公衆電話からかけてきた電話で、
その声の張りから近況を理解した妻です。
しばらくすると・・・
同じ町内に住んでいる、叔父(姑の次男)から妻のスマホに電話がかかってきます。
2日後に、主治医の先生から「叔母の病状についての説明」があるというお知らせでした。
これまでも、手術の説明のときや一時帰宅の際にも、親族関係者を集めて
事前に主治医の先生からの経過説明がありました。
今回は、一時帰宅が実現できたものの、思いもよらない事態が発生して再入院することになって以来、初めて説明を聞くことになります。
叔母の容態は、これ以上手術などの外科的なことはできないところまできています。
妻の心配は募ります😢
「まさか余命の話じゃないよね」
私「一時退院のとき胃にできものがあるって聞いたから、その後の変化かもしれない」
こうして、心配を抱えながらJRに乗り込みました。
病院では
いつものように叔母本人のほかに4人の親族が集まります。
診察室にあらわれた叔母は血色も良く、それほどやつれた様子も見られません。
声は相変わらずか細いものの、受け答えはしっかりしています。
病院ではこれまで面会できませんでしたから、集まった一同、まずはその姿に安心します。
先生から、最近は、小腸の機能も回復してきていることから、
食事も普通に摂れているといいます。
週末には点滴も外しているとのこと。
次に・・・
パソコンの画面に映し出されたCT画像をもとに先生の説明が始まります。
胃のできものは、検査の結果、胃がんでした。
また、これまで叔母を苦しめてきた「ジスト」という病が、
肝臓をはじめ、いろんなところに再発しているのがわかったと、
画像の中の色が違うところを指して説明があります。
画像には、その存在と大きさがよくわかります。
特に肝臓には無数の腫瘍。
積極治療は難しく見守るしかないといい、投薬治療や手術はもはや不可能😭
つまりは「手の施しようがない」ということです。
叔母のこれまでの手術歴を考えるとムリなことは、この場の誰もが知っています。
みんな言葉がありません😭
気の重くなるような沈黙の時間が流れました。
先生は・・・
今の状態はリハビリの効果で点滴棒を持って歩けること、土日は点滴を外せることから、
外出許可を出すことはできるといいます。
また、食べ物の差し入れや、病院に電話して叔母を呼び出して
話をすることもできるといいます。
ここで、前日に説明を受けたという叔母が語りだします。
「心が折れそうだけど、頑張ってるんです」
「最期まで頑張ります」
そして心残りに思っていることを語りだします。
「(施設に入っている)お義母さん(姑のこと)に会いたいんですよねー」
「(ただ一人になった)○○○(弟の名前)にも会いたいし」
姑は、叔母の夫が亡くなった後も一緒に暮らしていたのですが、老々介護の末、
認知症を患って、同じ町の特別養護老人ホームに入所していています。
認知症が進んで、叔母のことも誰だかわからないといいます💦
それでも、叔母は「姑の最期を見届けたい」と「強い意志」を持って生きてきました。
「会いたい」
これが最期の望みなのですが、折悪しく、姑は誤嚥性肺炎で入院中とか。
果たして面会ができるかどうかです。
叔母の弟へは、妻が手紙で詳しく病状を説明して、叔母の気持ちを伝えることにします。
会いたい気持ちはわかるのですが、
叔父(弟)も80代なかばを超え、持病を抱えていて、
すぐに会いに来られるかどうかわかりません。
今回、妻は先生の話を聞いても決して涙を見せませんでした。
「覚悟は出来てるよ」と・・・
叔母の最期の望みをかなえられるかどうか?
私たちにできることは何か?
そんなことを考えながら帰途に着きました。