一件落着~亡き父の黒歴史に幕!

夫のマシュウです。

私自身の「戸籍謄本」は、就職や結婚などいろんな機会に何度となく取ってきました。

そこに記載されているのは、自分の生まれに関する情報ばかりでなく、

両親の生年月日や、両親の両親(なんのこっちゃ?)についても確認することができ、

両親の婚姻に関する履歴が記載されているだけでした。

それが当然だと思っていたのですが、晴天の霹靂とも思える「へこんでしまう事態」が発生!

原戸籍謄本の「怪」💦

父親が亡くなり、初めて目にした父親の「原戸籍謄本」!

これは、父親の金融機関・口座の「相続手続に必要な書類」として

地元の役場から取り寄せたものでした。

そして!

この時、亡くなった父親に「離婚歴があったこと」を初めて知ることとなりました⤵

驚いたのは言うまでもありません💦

しかし、私の母親と結婚する前に協議離婚したのだから、

相続には関係してこないものと思い込んでいたのです。

その原戸籍謄本を持参して臨んだところ、

金融機関の一室で向かい合った担当者から発せられたひと言が、

「お父様は離婚されていたんですね。離婚された方との間にお子さんはいませんでしたか?」

別れた元妻は別としても、子供がいた場合は「相続の権利」が発生するということ。

そうなると金融機関としては、

「全ての相続人の同意がないと口座の解約ができない」というのです。

子供がいるとなると大変だ!

父親の元妻の戸籍を探して、住民票で住所を追っかけ?

遺産分割協議書を作ってそこに送る?

「ついては、遺された預貯金の分割について、これこれの割合で相続します」

これに同意して、署名と押印、願います・・・?

そんな面倒なこと嫌だよー!💦

この金融機関ばかりか、他の金融機関についても同じことをやらねばいけませんし、

最終的には、家の処分の時も同意を得なくちゃならないって?💦

今の今まで全く存在を知らなかった、第三者??

いや身内??が現れたらどうなるんだろう??💦

そんなことを思いつつ、早速、戸籍謄本に記載された市役所に申請書を送りました。

電話では伝わりにくいと思い、一枚の手紙に目的と経緯をしたためました。

「父親には、昭和〇〇年に佐藤〇〇子さんとの婚姻により御市に戸籍をもちましたが、

その後、昭和〇〇年に協議離婚しています」

「この間の経緯の分かる原戸籍謄本を申請します」

この1枚の手紙を添えて、手数料750円の「定額小為替証書を同封」して送りました。

申請書の投函後の日々を、何とも複雑な気持ちで待つこととします。

その間も自問自答が繰り返されます。

子供がいる訳ないよな~?

いたらこんなタイミングでなく、もっと早い段階で大事(おおごと)になっているはず・・・

不穏な毎日です😞

戸籍謄本が届いた!

妻が郵便局員のバイクの音に気が付きました。

妻「戸籍謄本届いたんじゃない?パパ、ポスト見て来たら?」

私「え?いやだよ!見て来てよ!」(完全に弱気な私)

妻「小心者だね!仕方ない!私が行く!」(頼もしい妻)

妻が郵便受けから持ってきた見覚えのある返信用の封筒は、

やはり申請した市役所からでした。

封筒を開けると、送り状の他には1枚の用紙しか入っていません。

原戸籍謄本が同封されていました。

ということは、簡単な戸籍の経緯か?

果たして子供の名前は記載されているのか?

じっくりと目を通すと、

父親と元妻の婚姻と、離婚の記録だけでの「除籍謄本」でした。

二人の記述以外に子供の存在は無し!!

いやー、良かったーーーー!

ホッと胸をなでおろし、田舎の金融機関には、早速コピーを取って送ることにしました。

「相続手続きを進めて下さい」と一筆添えて・・・ね。

これにて、亡き父の隠し子?騒動は一件落着!!!

あぁぁぁぁ・・・疲れた~・・・(笑)

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コメント

  1. 躁介 より:

    面倒臭い手続きやはっきりしたことが分るまでの不安な想い…大変でしたね。一件落着でよかった。

    私の家内は産まれてすぐ実母が産後の肥立ちが悪く亡くなってしまい、伯母が引き取って育ててくれました。実父は育てられないから放棄したようです。その後実父は結婚し子供も産まれたようで、実父が亡くなった時、遺産相続の件で家内も権利があったので幾らか振り込まれたようです。手続きは家内の兄が間に弁護士を入れて全てやってくれたようです。

    私の母が2009年に78歳で亡くなった時、定期預金を凍結されました。正式に親爺と離婚しておらず、その親爺はまだ生きていたので、親爺に半分取られてしまうため、私の兄が「親爺が死ぬまで凍結しておこう」と提案しそれを受け入れました。2014年に親爺が亡くなって、兄が母の定期預金を半分振り込んでくれました。親爺は我々兄弟に各100万程度しか遺せなかったのですが、母は各1500万近く遺してくれました。人間の器量の差を痛感致します。

    1970年に親爺と生き別れ、母と私と兄で生きてきましたが、親爺は養育費など一切払いませんでした。自分が定年退職した時に「会いたい」などと寝惚けた手紙を送ってきたので、罵詈雑言を書いた手紙を送り付けました。最後はゴミ屋敷の中で孤独死し、数日経ってから発見されたようです。兄が言うには「兎に角、親爺は周りの人に迷惑しかかけて来なかったクズ人間だった…」と、正に因果応報ですよね。

    私は小さい頃から仲の悪い両親しか見て来なかったので、夫婦というのは仲が悪いものだと思っており、仲の良い夫婦がいるというのがなかなか信じられませんでした。だから自分が家庭を持った時は夫婦仲良く子育てしたいをモットーにしてきた積りです。マシュウさんとアンさんのようにいつまでも仲の良い夫婦は、奇跡的と言うか、理想的と言えるんじゃないでしょうか。

    • ともに白髪の生えるまで より:

      躁介さん、コメントありがとうございます。マシュウです。
      親を見て子は育つと言いますから、家庭で両親が円満なのが大事だと
      私たちも親を見てそう思っています(^^)

      躁介さん、コメントありがとうございます。アンです(*^-^*)
      実は、私も幼い頃に父親が離婚したため生母とは生き別れ・・・
      その後、間もなく父親が再婚したので(オソロシイ)継母に育てられました(涙)
      家庭内は年がら年中、夫婦喧嘩・・・
      その「悪い見本」のおかげで良い夫??に巡り会い(笑)、今に至っております。
      両親は「反面教師」でしたね~(笑)