夫のマシュウです。
私の田舎の特別養護老人ホーム(特養)で、ついに看取り介護状態に入った母親の容態が気になる日々が続きます。
私たち夫婦は、毎日、スマホを傍らに置いて、いつ連絡が来るか緊張の日々。
苦しそうにベッドに仰向けになってあごで呼吸している姿を見て、
特養から帰ってすでに一週間が経ちました。
もしかしたら、妻が「4月になったらまた会いに来るからね。その時まで元気になっててよ」って言ってきたから、会いに来ることを期待して頑張ってるんじゃないかな?
というほどに、頑張ってる状況です。
それでも、明日逝かれたら困るなーと思いつつ、当地に帰ってから、すぐにいざというときに備えて、持って行くものなどの準備も済ませました。
あとは、連絡を待つだけ・・・
と、不謹慎かもしれませんが、こういうことも準備が大事!
いざというとき決めなければならないことを、あらかじめ考えておくとで、
慌てなくて済むものです。
いちばん大事なことは?
母親の気持ちを汲むことかもしれません。
母親は「最期は、ピックラパックラして生きたくない」と口ぐせのように言っていました。
なので、延命措置をしないでほしいというのが希望でした。
母親が元気な頃、妻には、いろいろケーブルをつなぎ、
生き延ばそうと決してしないでほしい・・・と言っていたそうです。
いわゆる機械的に生かされるスパゲッティ症候群を嫌っていました。
私や弟(子供たち)に言っても延命するだろうから、
「嫁さんのあんたに頼んでおくよ」と言われたとのこと。
そんなこと思い出していたとき
妻の頭に浮かんだのは札幌の戸建て時代のときのこと。
子供が同じ年齢なので知り合ったご近所さんが、自分の親のことで妻にポツっと、
「うちの母親がまだ死なないんだよねー」とこぼしていたといいます。
そのときは、何ていうことを言ってるんだろうと思ったといいます。
そして次にお会いしたとき「やっと死んでくれたんだわー」
その言葉はサバサバしていたといい、親が亡くなってそんなふうに思うものなの?
また、札幌で妻の習い事のレッスン仲間だったお友達で、
今現在、札幌市内で母親を施設介護している方は、
毎日のように洗濯物したものを届けては洗い物を回収しているそうで、
「いつまでこんなことが続くんだろう?」とこぼしていたといいます。
いわゆる介護疲れでしょうか。
先が見えないですからね。
ここで、いつまでも生きていられることが正直「重荷」になっているのがわかります。
私の母親の場合
遠く離れているものの、地元の特養のお世話になっていて、
私たちの実質的な苦労は何もないのですが、今の置かれている状況では、
お友達の気持ちも何となくわかるような気がしてきます。
母親を看取ると、私たちの親は全員いなくなってしまいます。
次は自分達の番です。
「子供の手本になる生き方」をしなければなりません。
これからの人生をどう生きるか、そして最期をどう迎えるか。
特養で最期のときを迎える母親の姿を見て、
これからの自分達の生き方を考える「機会」を得ているということでしょうか。
自分達もピックラパックラして子供たちに迷惑を掛けたくないし、
適当なときにサヨナラできればいいな~
そのときはやっぱり、ピンピンコロリがイイんだけど・・・(^^ゞ