夫のマシュウです。
私の田舎の特別養護老人ホーム(特養)で暮らしていた母親が、
隣接する病院に入院しました。
左肺の誤嚥性肺炎の治療のために抗生剤で治療していたのが思わしくなく、
病院で検査したところ右肺にも転移。
特養から入院の報を受け、我らが取った行動は「もしもの時に備えること」でした。
去年の春先にも、覚悟を求められるような大きな危機があったのですが、
奇跡的?にそれを乗り越えてきました。
なので、今回もまた回復?という淡い期待をいだきつつも、
もしもの報が飛び込んできた場合の備えを点検します。
すでに、以前の危機の時からキャリーケースの中には
葬儀対応の着替えなども用意したままになっていました。
今回、妻は、夏バージョンへの切り替え!
こまごまとした用意が必要です。
頼りになる妻に感謝ですね。
私は、パソコンに向かい、前回の危機?の時にしていた葬儀の手順の見直しを始めます。
これまで相談相手だった弟も、弟の嫁も、すでに揃って昨年亡くなってしまってます。
私と妻ですべてを決めなければならない責任と、
反面、誰にも相談せずに決められるしがらみのない気軽さもあります。
葬儀形態はどうする?
当初の計画では、父親を送ったときと同じように神道で執り行うこととしていました。
これは見直して、神道でなくてもいいんじゃない?
我ら家族だけで送ることにしていますから、葬儀も無宗教で簡単に済ませたい。
最近は、通夜、葬儀などしないで、1日安置して火葬に出すことも増えているらしい。
宗教儀式はしないんだから、これを検討しよう。
7年前の父親の葬儀
葬儀社の方に勧められるままに、供花や盛篭などを追加してしまいました。
いくら祭壇を立派にするためといっても、落ち着いて考えればそこまで必要ない物でした。
今回はとにかく「見栄を張らない」ことに徹しよう!
私の役目
もしもの一報を受けたら葬儀社や役場の手続きなどのスケジュールを立てます。
思い返せば、
父親が肺炎で亡くなった時は入院してから亡くなるまでひと月ちょっとでした。
ここは、急いで段取りを組まなくちゃ!

コメント
いつも楽しく拝読しています。さすがマシュウ兄さんですね。何にも先取りで行っていて感心します。我が家も父が亡くなり遠くに住んでいる義母も義弟の近くの施設に入りました。寝たきりでいつ葬儀になるか分かりません。母親は90ですが気が強く元気そのもの。移住もためらっています。葬儀や墓は時代の流れに乗っていこうかと思っています。「家」「長男中心」「男社会」これらは死語になりましたね。でも田舎では簡素化されても今だにこの風習は残っています。ただ悪習はなくなってきてほしいです。
山ちゃんさん、コメントありがとうございます。マシュウです。
私の母親も歳ですから、
いつ逝ってもおかしくないのですぐ先回りして段取りを考えてしまいます。
まずは葬儀を簡素に執り行いたいと考えているのですが・・・
山ちゃんさん、おはようございます。アンです(*^^*)
葬儀の風習は地方と都会で随分と違うと思いますね。
7年前、義父のお通夜、告別式は北海道の道東地方で行いましたが
お通夜に来てくれた方に飲み物とお菓子がセットになった物を手渡ししました。
「おとき」という習わしだそうですが・・・
所変われば何とか・・・ですね。
札幌では聞いたことがなかったので驚きましたよ。