船頭?の多い葬儀でなくて良かったー!

夫のマシュウです。

母親の葬儀からひと月が経ち、無事に終えることができたことに安堵し、

冷静になった今、当時の自分の判断と行動を振り返ってみました。

父親の時もそうでしたが

母親も入退院を繰り返し「死ぬ死ぬ詐欺?」で散々われらを欺いてきて?(笑)

亡くなるまでに多少の時間があったので「Xデーに備えて段取り」を組んでいました。

スケジュール表を作り、訃報が飛び込んで来たら、まず第一にしなければならないことや

連絡先のリストを作っていたので、実際にその時がきても慌てずに対応できました。

本来

子供がいれば親の葬儀を取り仕切るのはその子供たちになるでしょう。

子供が多いとその人数分だけ様々な意見があるはずですが

父親を送ったときは、長男の私と弟の二人。

「兄ちゃんが仕切るからその指示に従うようにね」と母親が弟に念を押していたので、

問題なく執り行うことができました。

しかし

弟は神道形式で行うことは母親から伝えられてなかったので、

多少の戸惑いはあったようです。

また、父親の亡骸をすぐに隣町の葬儀会場に運んだのですが、

弟は一晩だけでも実家に安置してお別れもしたかったようでした。

さらに実家のある小さな町のお寺で執り行えば参列者も多くなり

盛大に送り出せるとも思っていたようです。

ですが

弟も私も当時は札幌に住んでいたので、そこから駆けつけて実家に安置するにもその手配や

弔問者にどう対応するのか?などなど、問題が多かったことも予見できました。

理想と現実があるので、できる範囲で送るしかなかった・・・というのが結論でした。

さて

母親を送る時が来ました。

もし、弟が健在だったら、また同じことを言うはずです。

何年も誰も住まなくなって放置していた実家に母親を安置して、仮通夜を執り行うのは誰?

そこでは、一晩のために飲み食いが必要になったり、

他人が泊まる対応もしなければならなくなったはず。

それを誰がやるの?

弟が責任を持ってやるのならまだしも、その弟は先に逝ってしまいました。

なので、結果として今回も私と妻の独断で仕切ることができました。

世間では

身内だけの家族葬でもトラブルが起こると言われています。

関わる人が多くなるにしたがって、

一般葬か、家族葬かの葬儀の形態から、葬儀にどれだけのお金をかけるか含めて、

いろんな考えが出てきます。

船頭が多くなるほどに、複雑になってくるのです。

その意味で、長男の私に任せることを選択した母親は先見の明があったのかもしれません。

 

 

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